東京高等裁判所 昭和47年(う)2967号 判決
被告人 奥山昇
〔抄 録〕
所論は先ず、被告人がたばこの火を被害者原義雄に押しつけたとの点について、被害写真によれば、左親指の甲に火傷跡と思われるものが一か所しかなく、それが被告人の故意による火傷と認定すべき証拠は、右原の供述以外にはないのみならず、城戸医師の診断所によれば、同人の火傷は「左手背」であって、「左手親指の甲」ではなく、「手背」とは手の甲をいうのであるから、原判決の認定は右診断書の掲載とは明らかに矛盾すると主張する。
しかし原審において取調べた押収にかかる写真(原義雄の左拇指を写したもの)一葉(当庁昭和四七年押第七八二号の符号三号)によれば、被害者原義雄の左手親指の甲に火傷跡と思われる傷跡が近接して二か所あることが明らかであり、これが被告人の故意によるたばこの火を押しつけたことに基因するものと認めうべきことは、証人原義雄の原審公判証言に徹して疑いを容れる余地がない。またなるほど原判決が所論指摘の判示部分中において、被告人の暴行の態様について、「たばこの火を同人の左手親指の甲に押しつけた」としながら、右暴行により生じた傷害の部位などを判示するにあたり、「左手背第二度火傷……を負わせた」と認定していることならびに所論指摘の診断書に、「左手背第二度火傷」と記載されていることは、いずれも所論のとおりであって、「左手背」と「左手親指の甲」とが異なるものであるか否かについては、一般の用語例に従えば所論のような見方もありうるが、当審において検察官から顕出された発信者医師城戸泰正から受信者横浜地方検察庁斎藤英彦検事宛の電話聴取書によれば、城戸医師が本件犯行の日の翌日である昭和四六年三月二三日に前記原義雄を診療した際の同人の火傷の部位は左手親指の甲であって、通常医師が手指の甲の部位を表示するには、「手背」または「手指背」のいずれの文言も用いており、手指の甲について「手背」と表示しても差支えないものであることが認められるのであるから、同医師が前記診断書中において、原義雄の左手親指の甲の火傷の意味において左手背の火傷と記載したことは明らかであり、従って、この点に関する原判決の認定と右診断書の記載とは所論のように明らかに矛盾するとはいえない。<中略>
なお所論は、本件事案は、車中において発生した事案であって、加害者および被害者の各供述が真正面から対立しており、客観的第三者的な目撃者としてはタクシーの運転手のみであるから、右運転手の供述なくして有罪の心証を得ることは不可能であるところ、被告人が必死の思いで同運転手を探し、その居所をつきとめて、弁論再開と証拠調請求をなしたのに、原審裁判官はその必要はないとして原判決を言渡したもので、原審が右証拠調請求を採用しなかったのは審理不尽であると主張する。
しかして証拠の採否は裁判所の専権に属するものではあるが、記録によれば、弁論終結後の昭和四七年一〇月六日原審弁護人雨宮真也から原審に対し、前記タクシー運転手が発見されたとして、弁論再開のうえ同人を証人として尋問されたい旨の証拠調請求がなされたことが認められるところ、本件における審理の経過、とくに所論のとおり当事者双方の供述が真正面から対立していることならびに捜査当局において右タクシー運転手の所在を捜査したが、同人を発見できなかった旨の捜査報告書が原審において取調べられていることなどにかんがみれば、同運転手の氏名、住所が判明した場合には、同人を証人として尋問する具体的必要性があったものと認められるので、同人の氏名、住所などが分明となったのにかかわらず、原審がその必要がないものとしてこれを却下したのは、訴訟手続の法令違反としての審理不尽の疑いなしとしない。しかし、仮りにそれが審理不尽であるとしても、当審における右タクシー運転手である証人梶山毅の証言によっても、原判決の事実認定を左右するまでには至らないのであるから、同証人を取調べなかった原審の措置をもって、判決に影響を及ぼすことの明らかな審理不尽があったとまではいい難い。
(石田一 菅間 柳原)